先日、Xでみもじさんのこんな投稿を拝見しました。
「資産形成する上で節約は大事だけど、自分の感情や経験まで節約してはいけません」
この言葉を読んで、特に「経験まで節約してはいけない」という部分が心に残りました。
僕は、35歳ほぼ0円から資産形成を始めました。だから最初の頃は、とにかく貯めなきゃという気持ちが強かった。
今振り返ると、「お金を使う=悪」くらいに思っていた時期もあった気がします。
旅行に行っても、本当は買いたいものがある。でも、もったいないからやめておこう。せっかく来たからやってみたいことがある。でも、お金がかかるからやめておこう。
一つひとつは、本当に小さなことです。そして怖いのは、だんだん「我慢している」という感覚すらなくなること。
最初から「やらない」「買わない」と決めて、選択肢にすら入れなくなっていたことが、この10年間にはあったように思います。
そんな僕に以前、半年くらい前かな。妻が言ったことがあります。「そんなにお金貯めて、どうするの?」
当時は「将来のためだよ」と思っていました、というか当たり前やん!お金ないで~うちは!ってちょっと怒りに似た感情すら一瞬浮かんだくらいです。
将来の安心のためにお金を貯めることは大切です。僕自身、3000万円はたまりましたけど、これから5000万円くらいまでは目指したいと思っています。
でも一方で、少し考え方が変わってきた部分もあります。
この夏はとにかく「子供との思い出作り」を最優先し、先日は家族で別府温泉と福岡へ旅行しました。
子どもは小学6年生。「小学生として過ごす最後の夏休みなんだな」そう思うと、今しかできないことをやっておきたくなりました。一緒にプールへ行ったり、出かけたり。
中学生になれば、きっと親より友達と遊ぶようになります。
そう考えると、「もっと小さい頃にプールへ連れていけばよかったな」「もっと遊園地に行けばよかったな」と思うこともあります。
お金は後から稼ぐことができた、と今になってわかったから。
あの時の投資がなければ、今の資産はありません。でも、小学6年生の夏休みは、もう二度と買えません。めちゃくちゃ難しい判断だけど、ぎりぎりお金を使って楽しめる判断ができたのかなって、僕自身は思います。
この数年の中で、僕の中では、節約とケチには一つの境界線があります。
自分の中だけで完結する我慢なら節約。その節約によって家族まで嫌な気持ちにさせてしまうなら、それはケチなのかもしれない。
もちろん、昔の僕に「もっと使えばよかった」と簡単に言うつもりもありません。今こう思えるのは、資産形成を続けて、少しだけお金に余裕ができたからでもあります。
だから貯めることも大事。でも、貯めることだけが目的になってはいけない。
僕にとって豊かさとは、家族が「やりたい」と言ったことを、もちろん限度はあるけれど、その範囲の中で「いいよ」と言ってあげられることなのかもしれません。
資産額は増やしたい。5000万円も目指したい。でも、その数字と引き換えに、今しかできない経験を全部諦めたくはありません。
節約するのは、お金でいい。
人生まで節約する必要はありませんね。

