『DIE WITH ZERO』は、投資をしている人なら読んだことが多い名著でしょう。
米国の次に売れたのは日本ということで77万部、だそうです。
内容は賛否あるけど、あれもまぁ捉え方なのかな思ってます。
さてさて、著者であるビル・パーキンス氏のインタビューを見ていて、妙に頭に残った言葉がありました。
「貯蓄は、喜びの先送り」
僕たち日本人は、貯蓄を基本的に「良いこと」だと教えられてきました。
将来困らないために貯める。老後のために貯める。何かあったときのために貯める。僕自身も(遅ればせながら30代後半から)将来への不安から資産形成をしてきたので、その考えを否定するつもりはまったくありません。
ただ、「喜びの先送り」と言われると、貯蓄の別の顔が見えてくる。
たとえば、10万円を貯金する。
通帳や証券口座の残高は10万円増えるけれど、その10万円で家族旅行に行けたかもしれない。子どもがやってみたいことに使えたかもしれない。美味しいものを食べたり、ずっと欲しかったものを買ったりできたかもしれない。
つまり僕たちは、お金を貯めるたびに、今得られるはずだった何かを未来へ送っているとも言えますよね。
もちろん、先送りすること自体が悪いわけではない。50歳で使うより70歳で必要になるお金もあるし、将来への備えがあるからこそ安心して今を楽しめることもある。
難しいのは、先送りした喜びを、本当に未来の自分が受け取れるのか?という点です。
体力があるうちにしかできない旅行がある。子どもが小さいときにしかできない経験がある。家族みんなで過ごせる時間だって永遠ではない。
資産形成を始めて、100万円を200万円にすることはできても、10年前の家族との時間を買い戻すことはできないなと、最近は痛感するのです。
だから資産形成で考えるべきなのは、「いくら貯めるか」だけではないのだと思う。
どの喜びなら未来へ先送りしていいのか。そして、どの喜びは今しか受け取れないのか。
貯めることが得意になればなるほど、この判断は難しいと感じます。
僕が最近よくお金を使うことを意識しているのも、自分にとっては3000万円というお金は未来へ送るとして、それ以外の収入については先送りせずに使っていこう。そうだよな、先送って、もう買い戻せない思い出っていっぱいあるもんな、と感じています。
「貯蓄は、喜びの先送り」。
この言葉を聞いてから、僕はより貯金するときだけでなく、お金を使わないと決めるときにも、一度立ち止まって考えたいと思うようになったような気がしました。

