FIREには、あまり興味がない。
仕事を全部辞めて毎日自由に暮らしたいかと聞かれると、そこまででもないし、新しい仕事を覚えるのは今でも楽しい。
それでも資産形成は続けている。
なぜだろうと考えてみると、僕が欲しいのは「働かなくてもいいお金」ではなく、「会社に依存しなくてもいい」と思えるお金なのだと思う。
昔の職場には、遅くまで残って仕事をしている人が尊いという文化があった。休日に出てくれば「頑張ってるな」と称賛され、会社に自分の時間を差し出すことが、仕事への熱意のように扱われていた。
僕自身も、そのゲームに参加していた。
若いころ、「この仕事を引き受ければ昇格するよ」と言われ、必死になって頑張ったことがある。結果として役職には就いたものの、増えた給料を見てみれば微々たるものだった。
もちろん、昇格によって得られた経験はある。でも今振り返ると、あのころの僕は「会社から評価されること」をずいぶん大きな報酬として受け取っていたのだと思う。
ところが、資産形成を続けているうちに、その感覚が少しずつ変わってきた。
現在の資産は3200万円を超えた。
2025年末にはまだ3000万円に届いていなかったのに、2026年2月に突破し、それから半年あまりでさらに約200万円増えた。今年はむしろ例年よりお金を使っているのに、だ。
ここまで来ると、不思議なことに「出世」や「昇格」という言葉への反応が鈍くなった。
昔なら休日に少し会社へ顔を出して、「俺、頑張ってます」というあざといパフォーマンスをしていたかもしれない。
今はもう、それより息子とゲームしていたほうが楽しいな。と思ってしまう。たぶん、お金が増えることの本当の価値は、高いものを買えることだけではない。
他人から与えられる評価の価値を、相対的に小さくしてくれることにもある。
会社からの評価が人生のほとんどを占めていれば、昇格という言葉は大きく見える。でも、家族との時間があり、会社の外にも収入があり、自分で積み上げた資産もあるなら、会社は人生そのものではなく、人生を構成する一部分になっていく。
だから僕は、FIREしたいわけではない。
仕事は普通に続けたいし、ほどよく必要とされる人ではいたい。ただ、「もっと成長しろ、もっと上を目指せ」とゴリゴリ迫られる環境で、人生まで仕事に飲み込まれるような働き方は、もう自分には合わないと思う。
これまで身につけた小手先のスキルも使いながら、ほどよく働き、セーフティーネットになる程度の収入を得る。そして足りない部分は、これまで育ててきた資産に支えてもらう。
それくらいの、少しだけストレスがある人生が僕にはちょうどいい。会社を辞めるために、お金を貯めているんじゃない。会社が人生のすべてにならないように、お金を貯めている。
資産3200万円を超えて僕が手に入れつつあるものは、FIREへの切符ではなく、「会社だけに人生を預けなくてもいい」と思える自由なのかもしれない。

