先日、Yahoo!ニュースこんな記事を読みました。
資産は約1億8,000万円。年間の配当金は約400万円。年金だけでも生活費をほぼ賄えているそうで、投資をしている人間からすれば、記事の内容を見て、違和感しないですw
でも、私がこの記事で一番胸に刺さったのは、お金の話ではありませんでした。
この部分。
あるリゾート施設に夫婦で一度泊まり、その居心地の良さが気に入って会員権を購入。ところが、佐々木さんの定年退職を目前に、同い年の妻が病気で亡くなり、会員として利用することは一度もできませんでした。 死別直後は旅行などをする気になれなかったものの、時間の経過とともに友人との食事や外出を楽しむ日常を少しずつ取り戻していきました。そのうえで数年後、一人でそのリゾート施設を訪れたこともあります。しかし夫婦や3世代で食事を楽しむ宿泊客を見て、「ここは、自分が一人で来たかった場所ではなかった」と痛感したといいます。
この言葉が、妙に頭から離れませんでした。
お金はある。時間もある。行きたかった場所にも行ける。それなのに、一緒にそこへ行きたかった人がいない。こればかりは、資産が1億円あっても10億円あっても取り戻すことはできません。
私自身も老後のために投資をしています。新NISAを使い、高配当株を買い、できれば65歳になるころには今より多くの資産と配当を持っていたいと思っています。
だから、これからも投資をやめるつもりはありません。
ただ、この記事を読んで、未来の自分のために「今」を使いすぎてはいけないなと思いました。
「定年したら旅行しよう」「もう少し資産が増えたら楽しもう」「時間ができたら行こう」。資産形成をしていると、そんなふうに楽しみを未来へ先送りすることがあります。
でも、その「いつか」に自分も妻も「元気でいられるか」はわかりません。
お金はあとから増やせることがあります。
それは、この数年間で身についた知識です。
でも、今の年齢で大切な人と過ごせる時間は、あとから買い戻すことができません。
だからといって、今すべてのお金を使ってしまえばいいとも思いません。65歳の自分のためにお金を残すことも大切だし、今の自分や家族のために使うことも大切。そのバランスなのでしょう。
投資をしていると、資産というものを数字で考えがちです。でも、老後に持っていける資産はお金だけではないのかもしれません。
妻と行った場所、家族と食べたもの、一緒に見た景色、くだらないことで笑った時間。そんな思い出も、年を取った自分が少しずつ取り崩しながら楽しめる「資産」になるような気がします。
老後のために資産形成をする。
でも、老後まで取っておいてはいけない幸せもある。
73歳の男性の記事を読みながら、妙に自分と妻の幸せの形について考えてしまいました。

