株主優待で有名な桐谷さんの生活には、今でも憧れる。
優待で食事をして、買い物をして、できるだけ現金を使わずに暮らす。投資から得られるもので生活の一部を賄えるなんて、投資家としては一つの理想形だと思う。
それ以上にいいなと思うのが、「今日行くところがある」「今日やることがある」老後だ。
仕事を辞めれば、毎朝起きて会社へ行く必要がなくなる。それは自由である一方、趣味がそれほど多くない自分は、用事がなければ家にこもってしまう気もする。そんなとき、「この優待を使いに行こう」と自転車に乗って出かける生活は、健康面でも精神面でも悪くない。
でも最近、桐谷さんのインタビューを読んで、少し違うことも考えるようになった。
優待を使うということは、数ある選択肢の中から自由に選ぶのではなく、基本的には「優待が使える場所」から選ぶということでもある。本当は別の店で食べたい。でも優待券の期限が近いからこっちへ行く。本当に欲しいものではないけれど、優待があるからその中から選ぶ。
それは本当に自由なのだろうか。
桐谷さん自身、テレビで「株主優待で暮らす人」として知られるようになってから、現金を使わない生活を見せなければ、という思いが強くなったと振り返っている。そして病気を経験して、もっと現金を使ってご馳走を食べたり、温泉へ行ったりすればよかったという趣旨の話をされていた。
これを読んだとき、他人事には思えなかった。
節約家だから節約する。投資家だから投資する。ブログで資産形成を発信しているから、お金を使わない。そんな「自分はこうあるべき」が強くなれば、いつの間にかお金を自由にするために始めた資産形成に、自分自身が縛られることだってある。
お金は使わなければ残るし、投資すれば増える可能性もある。
でも、時間だけは残しておけない。
だから2026年の目標の1つにしているのが「本当に食べたいもの、本当に欲しいもの、本当に行きたい場所があるのならそれを実現する」ことにしている。
これもも資産形成と同じくらい大切なのだと思ったから。
優待券を握って「今日はどこへ行こう」と考えられる老後には憧れる。
でも、「この優待があるから、今日はここへ行かなければ」と考える老後にはしたくない。
自分が欲しかったのは、お金を使わない人生ではない。
お金を使うか、使わないか。それを自分で決められる人生だったはずだ。
桐谷さんのようになりたい。
でも、桐谷さんのようにはなりたくない。
そんな矛盾を感じるようになったのは、資産残高よりも残された時間のほうが、実はずっと貴重なのだと分かり始めたからなのかもしれない。
そうやって、昨日もマクドナルドに行き、本当は限定バーガーを食べたかったのに、クーポンの中の安い商品を選んでしまう。
まだ、物欲修行がたりないのかな。

