今年のお盆休み初日、中学校時代の同級生4人で酒を飲みました。
小学校から一緒のやつもいれば、高校まで一緒だったやつもいて、全員既婚者…もう40代のおじさんだらけの加齢臭まみれです。
昔話をしたり、子どもの話をしたり、仕事の話をしたり。
そんな中、ふとお金の話になりました。
やれ仕事頑張ってるだ、お前はどうなんだってアツくなってしまい、ついA君がB君に言ったんです。
「お前は年収800万円も稼いでないよね?」
昔からの仲間なので、その程度のことを言い合える関係でもあります。
ただ、その会話を横で聞いていた私は、少しだけ不思議な気持ちになりました。
「年収って、そんなに大事だったっけ?」
いや待てよ。
20代の私なら、全然違う反応をしてた。
800万円ってすごいな。
自分ももっと仕事を頑張らなきゃ…でももう追いつかないわな、無理げー。
30代になって、ちょっとだけ「人を頼る」というスキルを身に付けた僕は、「結婚して共働きならダブルインカムで何とかなるのかな」
そんなことを考えていたはずです。
実際、私は長い間「お金の問題は仕事で解決するもの」と妄信してました。
だから年収=その人の経済力を表す、とても強い物差しでした。
でも、40代になって悟ったこと。
年収1000万円あっても、1000万円使えば残らない。
年収500万円でも、身の丈に合った生活をして、残ったお金を投資に回せば資産は育っていくという事実を。
「いくら稼ぐか」だけでは、その人のお金の豊かさは分からないことに気づいてしまったんです。
もちろん、A君にはA君の事情があるし、収入が多いからこそ成り立っている生活もあるでしょう。
でも、私は知ってしまったんですよね。
投資を始めたことで、資本主義には“労働者として参加する方法”と“資本を持つ側として参加する方法”があるってことを。
労働 → 給料を得る
資本 → 利益・配当・値上がりという形でリターンを得る
この(秘密でないけどまだ多くの人が足を踏み入れてない)ルートを知らない同級生たちがいる。
だから、年収が高いこととかどうでもよくて、身の丈に合った生活して毎月少しお金が残って、そのお金を働かせて果実を享受する。
そんな収入ラットレースから、あらよっと抜け出し大きなストレスを抱えず暮らせること。
今の私には、そちらのほうが大切です。
年収という一つの数字だけで、「勝っている」「負けている」という概念がなくなってしまった。
仕事で成功していようが、そうでなかろうが関係ない。
40代になってもこうして集まれて、みんな健康で、くだらない話をしながら酒が飲める。
今の私にとっては、それが十分「豊か」なのだと思います。

