夏休みに入ってから、妻と小学6年生になる子どもの「お金」について話をしました。
子どもも成長し、だんだんとお金の価値が分かるようになってきました。
小さい頃なら、100円でも喜んでいたのに、今では自分の欲しいものがいくらするのかも分かっています。
成長した証拠ではあるのですが、そんな話をしていたとき、妻がこんなことを言いました。
「うちの子、お小遣いをもらっても、そこから母の日や父の日にプレゼントを買ったことってないよね。旅行のときに、じいじやばあばからお小遣いをもらっても、そのお金でお土産を買ったこともない。誰かのためにお金を使う経験をしてほしいんだよね」
その言葉を聞いて、なるほどなと思いました。
お金の価値を知る
考えてみれば、これまで子どもにとってお金は、「自分のために使うもの」だったのかもしれません。
お小遣いをもらって、自分の欲しいものを買う。
旅行に行けば、じいじやばあばからお小遣いをもらう。
もちろん、それも大切なお金の経験です。
でも、お金には別の使い方もあります。
自分のお金を使って、誰かを喜ばせることができる。
そう考えたとき、『夢をかなえるゾウ2』に出てくる金無幸子さんのプレゼントについての話を思い出しました。
プレゼントを通して、自分のお金で誰かを喜ばせる。
そして「自分以外の誰かを喜ばせることは楽しい」という感覚を知っていく。
妻が子どもに経験してほしいと言っていたのも、きっとこういうことなのだと思います。
私も小学6年生の頃、母にプレゼントをした
そういえば、私にも似たような経験がありました。
確か小学6年生くらいの頃だったと思います。
姉と二人でお小遣いを出し合って、母の日に財布をプレゼントしました。
母は、喜んでくれたことは覚えています。
不思議なものです。
使ったお金の金額も、買ったものの細かなデザインも忘れてしまったのに、「喜んでもらえた」という記憶だけは何十年経っても残っている。
あれが私にとって初めて「自分のお金で誰かを喜ばせた経験」だったのかもしれません。
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プレゼントは渡す側も幸せになる
大人になって女性と付き合うようになると、プレゼントの意味も少し変わりました。
クリスマスだからプレゼントを買う。
誕生日だから何かを贈る。
いつしかプレゼントが「儀式」のようになりましたww
子どもの頃に母へ財布を贈ったときのような感覚は、少し薄れていた気がします。
でも結婚して、子どもが生まれてからは、もう一度プレゼントの楽しさを知りました。
子どものためにプレゼントを選び、渡した瞬間に見せてくれる満面の笑み。
何でもない日に妻へ花束を買って帰り、「どうしたの?」と喜んでくれる表情。
そんな姿を見ると、プレゼントは相手だけを幸せにするものではないことに気づきます。
何を贈ろうかと考えているときから、相手のことを想い、渡した瞬間の相手の笑顔で自分まで嬉しくなる。
お金を使って減ったはずなのに、自分の心はむしろ満たされている。
そんなお金の使い方があるんですよね。
子どもにも「誰かにお金を使う喜び」を知ってほしい
だから私も、妻の言葉を聞いて、子どもに「誰かのためにお金を使う」という経験をしてほしいと思うようになりました。
もちろん、「母の日だからプレゼントを買いなさい」と強制したいわけではありません。
大切なのは、自分で誰かを想い、自分のお金で何かを選び、その人が喜んでくれる経験をすること。
100円でも500円でもいい。
金額は重要ではありません。
自分のお金が少し減った代わりに、目の前の誰かが笑ってくれる。
そして、その笑顔を見た自分まで嬉しくなる。
「お金の価値が分かる」というのは、100円より1,000円のほうが大きいと理解することだけではないのかもしれません。
自分の500円を誰かのために使ったら、ときには500円以上の幸せが自分の中に返ってくる。
そんなお金の価値もあります。
子どもにお金を残してあげることも大切です。
でも、それと同じくらい、幸せなお金の使い方を経験させてあげることも、親ができるお金の教育なのかも。
いつか子どもが大人になったとき、買ったものや使った金額は忘れても、「あのとき、誰かがすごく喜んでくれたな」という記憶が残ってくれたら。
それはきっと、お金では買えない財産でしょうね。

