「俺はハードに資産1億円貯めた」
Xを見ていたら、そんなポストが流れてきました。
恋人とデートしているときも貯蓄。結婚しているときも貯蓄。マイホームを購入しているときも貯蓄。子育てしているときも貯蓄。
そして最後には、「お前らが貯蓄している時 当然、俺も貯蓄している」
正直、最初に思ったのは、「あ、これまた炎上しに来ているな」でした。
もちろん、資産1億円を築いたこと自体はすごいと思います。ただ、この方の場合、単純に節約だけで1億円を作ったというより、ストイックな節約生活をSNSで発信し、それによって収入も増えたからこそ到達できた部分も大きいのではないでしょうか。
そう考えると、僕には「節約だけで1億円を貯めた人」というより、ストイックなキャラクターを確立し、それを発信して稼ぐ力まで身につけた人ですよね、そこは素直にすごい。
でも、このポストを見て「自分もこうなりたい」とは思いませんでした。
もし資産形成だけに夢中になっていたら
僕自身、お金を増やすことに夢中になっていた時期があります。
ただ、もし若いころから「資産を増やすこと」を人生の最優先事項にしていたら、たぶん結婚していなかったと思います。
子どももいなかったかもしれません。
幸い僕には、「そんなにお金貯めて、どうするの?」と何度も聞いてくる妻がいました。
当時は「将来のために決まってるじゃん」と思っていましたが、今になって考えると、あの言葉によって何度も正しい道に戻してもらっていたのかもしれません。
お金を貯めることは大切です。でも、貯めることに夢中になると、それ自体が目的になってしまうことがあります。
「今しかできない」は、本当にある
この連休、家族で福岡へ旅行しました。
PayPayドームの近くにチームラボがあって、以前の僕なら料金を見て「高いなあ」と少しためらっていたと思います。
でも今なら払えます。
「せっかく来たんだから行こうか」
そう思ったのですが、結局行きませんでした。
子どもが成長して、もう少し幼い子向けに感じるようになっていたからです。
そのとき、ちょっとだけ考えてしまいました。
ああ、お金を払えるようになったころには、もう遅いこともあるんだな。
小学校低学年くらいのころなら、目を輝かせて楽しんでいたかもしれません。
当時の数千円と、今の数千円。金額は同じです。でも、そのお金から得られる経験の価値は同じではありません。
お金なら後から稼げます。投資で増やすこともできます。でも、10歳の子どもを8歳に戻すことはできません。
「今しかできないこと」は、本当にあるのだと痛感しました。
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僕は5000万円と家族の思い出を選びたい
もし、「50歳で資産1億円。ただし40代は徹底的に節約する人生」と、「50歳で資産5000万円。ただし40代は家族との旅行や経験にも十分お金を使った人生」を選べるとしたら、今の僕なら迷わず後者を選びます。
昔の僕なら違ったかもしれません。
僕も3000万円までは、とにかく資産額を目標に走ってきました。でも実際に3000万円を超えてみて気づいたのは、欲しかったのは「3000万円」という数字そのものではなかったということです。
僕が欲しかったのは、安心感でした。仕事で嫌なことがあったとき、理不尽な目に遭ったとき、「こんな会社、辞めてやる」と思ったとき。
以前なら、「でも給料がなくなったら生活できない」と考えていました。今は少し違います。数か月くらいなら資産で生活できる。僕自身が働けなくなっても、「お金」という僕の分身が働いてくれている。
そう思えるだけで、会社との距離感はずいぶん変わりました。
僕にとって資産形成の目的は、資産額を競うことではなく、こういう安心を手に入れることだったのだと思います。
1億円という数字に惑わされたくない
もちろん、どんな人生を選ぶかは本人の自由です。
恋愛より貯蓄を優先してもいいし、家を買わずに投資してもいい。子育てにお金をかけず、1億円を目指す人生があってもいいと思います。
ただ、SNSには強烈な数字が流れてきます。
「資産5000万円」
「FIRE達成」
「資産1億円」。
そんな数字を毎日見ていると、自分もそこまで行かなければいけないような気持ちになってしまうことがあります。
さらに難しいのは、インフルエンサーをロールモデルにして、その生き方を真似している人もいるということです。だからこそ僕は、誰かの価値観をそのまま自分の人生に持ち込まないようにしたい。
そしてこれは、誰かに対する批判というより、自分自身への戒めでもあります。
そもそも僕たちは、お金を貯めたかったわけではなく、貯めたお金でやりたいことがあったはずです。
安心して暮らしたい。家族と旅行したい。子どもにいろいろな経験をさせたい。会社に人生を握られたくない。そのための資産形成だったはずです。
1億円というパンチの効いた数字を見れば、僕だって気になります。こうして一本の記事まで書いているくらいですから。
でも、いつかはそんな煽りを見ても、「すごいね。でも僕は僕でいいや」と、そのままスマホを閉じられるようになりたいですね。

