先日、元スパコンSEさんのブログを読んでいたら、「あなたの投資哲学は?」という記事がありました。
投資哲学…
そう言われてみると、私は自分の投資について「こんな銘柄が好き」とか「こんなふうに資産を増やしていきたい」と考えることはあっても、「投資哲学」なんて大層なものを考えたことはありませんでした。
スパコンさんにとって、投資によって得たいものは「平穏」。
そのために大切にしていることとして、こんな4つを挙げていました。
- 安心して委ねられること
- 嫌なことを回避できること
- 他人と比較しないこと
- 時間を取られないこと
なるほど。読んでみると、自分にも当てはまるところがあります。じゃあ逆に、「私の投資哲学ってなんだろう?」と考えてみました。
しばらく考えて、出てきた答えがこれでした。
「1円でも儲かっていたらOK」
なんだか投資哲学というには、ずいぶんスケールが小さい。でも、今のところ、これが一番しっくりきています。
スパコンさんの記事はこちら、ぜひご覧ください。
スパコンさんのブログ:あなたの投資哲学は?
投資で一番心がざわつく瞬間
投資をしていれば、儲かることもあれば損をすることもあります。
含み益が増えて喜ぶ日もあれば、昨日までプラスだった株があっという間にマイナスになって、「あのとき売っておけばよかった」と思う日もあります。
でも、私が投資をしていて厄介だなと思うのは、実際に損をしたときだけではありません。
たとえば、10万円で買った株を11万円で売ったとします。
1万円の利益。
普通に考えれば大成功です。
ところが、その株が売ったあと12万円、13万円、15万円と上がっていく。
すると不思議なもので、「ああ、売らなきゃよかった……」と思ってしまうんですよね。
1万円儲かっているのに。損なんてしていないのに。むしろ1万円増えているのに、なぜか数万円を取り逃したような気持ちになる。
投資というのは、実際の損得だけではなく、「得られたはずの利益」まで勝手に損失として計算してしまうゲームなのかもしれません。
でも、あるとき考えました。
それって、ちょっとおかしくないか、と。
そもそも「買う」を押さなければ、その1円は存在しなかった
株価のチャートをあとから見れば、「ここで買って、ここで売ればよかった」なんて、いくらでも言えます。
でも現実には、その株を買うと決めた自分がいました。口座を開いて、お金を入れて、銘柄を選んで。最後に「買う」のボタンを押した。
その一歩を踏み出さなければ、お金が減ることもなかった代わりに、増えることもありませんでした。
そう考えると、10万円で買った株を10万1円で売ったとしても、その1円は、自分が投資という行動をしたから生まれた1円なんですよね。
もちろん、手数料や税金などを考えれば実際にはもう少し複雑ですが、ここで言いたいのはそういう話ではありません。
自分で考えて、自分のお金を投じて、その結果としてプラスで終わった。
だったら、1円でも儲かっていたら、それで十分じゃないか。最近はそんなふうに考えるようになりました。
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考えてみれば、私はずっと「1円」を積み上げてきた
「1円でも儲かっていたらOK」という考え方は、投資を始めて突然生まれたものではないのかもしれません。
私はブログを書いて、アドセンスの1円を積み上げてきた人間です。
ブログを始めたころなんて、1日数円。「今日は1円か……」という日だってありました。それでもゼロではありません。
自分が書いた文章を誰かが読んでくれて、その結果として生まれた1円です。1円が10円になって、10円が100円になって、それを何年も積み重ねてきました。
だから投資だって同じなのかもしれません。世の中には、投資で何億円もつくった人がいます。
SNSを開けば、「今年は資産が○千万円増えました」なんて話も流れてきます。もちろん、うらやましい。私だって、それだけ増えたらうれしいです。
でも、その人の利益と自分の利益を比べたところで、自分の口座のお金が増えるわけではありません。それなら、自分が行動した結果として生まれた1円を喜べるほうがいい。
私の投資哲学は、たぶんこれでいい
「1円でも儲かっていたらOK」
なんとも小さな投資哲学です。
でも、ブログで1円を積み重ねてきた私には、これくらいがちょうどいい。
1円の利益でも、「投資しなかったら、この1円はなかった」と思えれば、それは立派な成果です。
自分で考えて投資して、最後に1円でも増えて帰ってきたらOK。
今日もまた、1円ずつ積み上げていきます。

