先日のこと。
何気なく九条さんがポストした内容に、妙に納得してしまったことがあります。
それがこのポスト▼
お金と引き換えに手放せるものはなんですか?
> この素朴でくだらない等価交換は、「自分の人生でなにを最大化したいと考えているか」という大きな問いと深く結びついている。https://t.co/BtTgYryj8v pic.twitter.com/whfhEXcu55
— 九条@セミリタイア (@kuzyofire) June 25, 2026
この素朴でくだらない等価交換は、「自分の人生でなにを最大化したいと考えているか」という大きな問いと深く結びついている。たとえば明日、突然大富豪から電話がかかってきて、「君に百億円を渡すので、今後は私のためだけに小説を書いてくれ」と依頼されたとして、僕は(後ろ髪を引かれながらも)「無理です」と断るだろう。もちろん(他の多くの人と同じように)お金は欲しい。とはいえ、お金が得られるなら他はどうなってもいい、というわけでもない。僕は(というか、ほとんどすべての人類は)自分の幸福を最大化するために生きていると思うけれど、お金は手段であって目的ではない。
小説家・小川哲さんの『斜め45度の処世術』という作品だそうでうs。
もし明日、大富豪から電話がかかってきて、「100億円渡すから、これからは私のためだけに小説を書いてほしい」と言われたらどうするか。
多くの人なら、一瞬心が揺れるでしょう。
私もきっと揺れます。
100億円ですから。
人生が変わる金額です。
でも小川さんは、「無理です」と断ると書いていました。
もちろんお金は欲しい。
でも、お金を手に入れるために自由を失うのであれば、その選択はしない。
なぜなら、お金は目的ではなく、自分の幸福を実現するための手段だから。
この文章を読んだとき、私は別の本で読んだ話を思い出しました。
あなたはウォーレン・バフェットと人生を交換しますか?
投資家の田中渓さんの本に、こんな問いがありました。
「あなたはウォーレン・バフェットと人生を交換したいですか?」
世界有数の資産家です。
もし資産だけもらえるなら、多くの人が「はい」と答えるでしょう。
でも条件があります。
お金だけではありません。
年齢も、身体も、人生も、すべてバフェットになってください。
そう言われたらどうでしょう。
きっと多くの人が断るはずです。
どれだけ資産があっても、若い頃には戻れません。
家族との思い出も、自分の人生も、自分だけの時間も失われます。
つまり私たちは、心のどこかで知っているのです。
お金より大切なものがあることを。
資産形成を続けているのに、お金が目的ではなくなってきた
私は資産形成が好きです。
投資も続けています。
副業も続けています。
もっと資産を増やしたいという気持ちもあります。
でも最近、その理由が少し変わってきたように感じています。
昔は「もっとお金が欲しい」という気持ちが強かった。
うつ病で会社を辞め、お金がどんどん減っていく恐怖を経験した私にとって、お金は生きるために必要なものでした。
だから必死でした。
でも、資産が少しずつ増え、生活に少し余裕が生まれるにつれて、「何のためにお金を増やしたいのだろう」と考えるようになったのです。
子どもの楽器を買ってあげられること。
家族旅行へ行けること。
仕事で苦しいときに、「辞めても何とかなる」と思える安心感。
こうしたものは、お金そのものではありません。
お金が与えてくれた「選択肢」です。
資産形成を続けてきて、本当に欲しかったのは数字ではなく、その数字が支えてくれる人生だったのだと気づきました。
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お金は人生を豊かにする道具であって、人生そのものではない
もちろん、お金は大切です。
なければ生活は苦しくなります。
選択肢も減ります。
だから私はこれからも資産形成を続けます。
でも、お金が増えることだけを目的にはしたくありません。
もし100億円と引き換えに自由を失うなら、私はきっと断ります。
もし莫大な資産と引き換えに、今の家族との時間を失うなら、それも選びません。
資産形成を続けるほど、不思議なことに「お金以外に大切なもの」が増えていくような気がしています。
家族との時間。
健康。
挑戦する自由。
好きな仕事。
そして、自分らしく生きること。
それらを守るために、お金は必要です。
でも、お金そのものが人生のゴールではありません。
ゴールは、自分らしく幸せに生きること。
そのための道具として、お金がある。
私はこれからも投資を続けます。
でも、資産額だけを追いかける人生にはしたくありません。
お金は目的ではなく、人生を豊かにするための手段。
そんな当たり前のことを、小川哲さんと田中渓さんの言葉が改めて思い出させてくれました。

